次代への羅針盤
すべては、全合成から始まる
竜田邦明
最高の研究者は最高の実験者だ
しかも全合成は、単離する技術、分離する技術、精製する技術、構造を解析する技術などを各工程で学ぶことができます。合成の概念を教える教材としても全合成はちょうどいい。そういう意味でも全合成には素晴らしい意義があるのです。
ただ、テトラサイクリンの全合成に12年かかったことでも分かるとおり、実験をする人には諦めない根気、忍耐強さ、洞察力が必要です。最近はセレンディピティと言ったりもしますが、それほど格好のいいものでなくても構いません。釣りでいえば、あたりがくるかどうか、直観的に分かる感性と、あたりがきたときに素早く反応できる資質が欠かせません。だから最高の研究者は最高の実験者でもあるのです。
全合成の研究は、あたかもゲームのようで、研究者が競い合って天然物を合成し、全合成が達成できればそれでゲームオーバーという感じでした。しかし全合成は決してゴールではありません。全合成のプロセスで得た知見を生かし、新しい反応を創出したり、生理活性の応用を考えたりすることが重要なのです。全合成で終わるのではなく、すべては全合成から始まるのです。
全合成は基礎研究です。基礎研究が大事だということは言うまでもありません。けれども応用研究より基礎研究の方が上だと考えている人もいますが、それは違います。基礎研究と応用研究は車の両輪。基礎研究だけではどうしようもないし、応用研究だけでは意味がありません。どちらが上ということはありません。
従来は、アカデミックが基礎研究で、企業が応用研究というのが一般的な形でした。アカデミックと企業で車の両輪を回していたわけです。ところが最近はアカデミックで応用に走りすぎる人が増えています。逆に企業でしっかりした基礎研究をするところも増えています。企業が本気で基礎研究をしたら、大学はかないません。資金も人材も設備も、企業の方がはるかに豊富に持っているのですから。そこで、大学の真価が問われます。