伝説のテクノロジー
技を伝え、技を磨く。800年間、連綿と
受け継がれてきた伝統技法でつくる日本刀
奈良県桜井市。原始信仰の対象だったとされる三輪山の麓に、
800年の伝統をもつ刀工・月山一門の鍛冶場がある。
直系の刀工がこれほど長く続いている例は、月山一門の他にはないといわれる。
しかも基本的な技術は、800年前と少しも変わらない。
現代のハイテクに匹敵するような精緻な技術が、秘伝として連綿と受け継がれてきたのである。
刀匠
月山貞利(がっさんさだとし)さん
「奥の細道」にも出てくる名門
ゴン、ゴン、キーン。
リズミカルに鎚(つち)を振り下ろす金属音が響き渡る。そのたびに真っ赤な火花が四方八方に飛び散る。
何度も何度も鎚を振り下ろし、鋼を打つ。そうして不純物が飛ばされ、炭素量が平均化されて鋼が鍛えられていく。刀匠も弟子も、ほとんど声を発しない。しかし、鎚を振り下ろす役割の先手を務める弟子は、師匠の呼吸を読んで、鎚を打つ力を微妙に変えている。
ゴン、ゴン、カキーン。
師匠と弟子の、息の合った鍛錬の作業が続く。
刀鍛冶集団の月山一門は、その起源を鎌倉時代にまで遡る。その名が物語るように、もともとは山形県の月山を活動の拠点とし、松尾芭蕉の「奥の細道」の一節にも登場するほど知られた存在だった。だが、一門の祖、月山貞吉は、月山の名をより広く世間に知らしめたいとして活動拠点を幕末の大坂鎗屋(やりや)町に移した。その後、京都の亀岡、奈良の吉野などを経て、1995年、桜井に「月山日本刀鍛錬道場」を構えた。
「刀をつくる技術は、800年前と基本的に同じ。道具類もほとんど変わっていません」
貞吉から数えて5代目の当主となる月山貞利さんが言う。
砂鉄からつくられる良質な玉鋼(たまはがね)を1,200~1,300度の高温で熱し、叩きながら何度も折り返して鍛錬し、加熱した地鉄(じがね)を水の中に入れて一気に冷やす焼き入れなど、いくつかの工程を経て日本刀はつくられる。
一つひとつの作業は決して複雑なものではない。だが、鍛錬の工程では、砂鉄の含有量の異なる鋼を混ぜ合わせたりしながら何度も折り返して、複雑な層状組織をつくっていく。
鍛錬を終えた地鉄を顕微鏡で見ると、驚くべきことに3万以上の層が重なった微細な結晶構造になっているという。「折れず、曲がらず、よく切れる」という名刀を生み出す秘密が、そこにある。
「焼き入れのときには、地鉄の温度を見るため真っ暗にします。日の光や照明があると、温度がよく分からないのです。温度計などは使いません。一振りずつ、地鉄が少しずつ違い、熱に対する反応も違いますから、温度計で測ってもうまくいきません」