One Hour Interview
有機合成で新しい特性を持った磁石の開発に挑む
今、私たちの周りで使われている磁石はいずれも金属材料でつくられている。
だが、有機合成物でも磁石をつくれるという。
しかも分子設計でさまざまな機能や特性を自由に付与できる可能性もある。
研究に邁進しながら子育てもしてきた女性研究者が、しなやかに未知の領域に挑む。
細越裕子
大阪府立大学大学院
理学系研究科物理科学専攻
教授
物理か化学かで進路に悩む
まず研究内容についてうかがいます。どういうテーマの研究をされているのですか。
有機ラジカルによる分子磁石の開発がテーマです。一般の磁石は鉄とかニッケルといった金属元素を含んでいます。でも私が研究しているのは、金属元素を含まない有機化合物の磁石です。普通の有機化合物は磁石になりません。磁石の素になるのは電子の運動です。自転運動にたとえられるスピンによって、電子1つひとつがとても小さな磁石に相当すると考えてください。有機分子の共有結合では、2つの電子がスピンの向き、言わばN極とS極の向き、を互いに反平行にした対をつくってしまうので、有機化合物は磁石にならないのです。こうしたスピン対をつくらないひとつの電子、つまり不対電子を持つ化合物を、ラジカルと言います。たとえば水素原子1個ならラジカルで磁性を示しますが、水素原子が2個結合した水素分子は磁性を示しません。
なぜ有機化合物で磁石をつくろうとお考えになったのでしょう。
きっかけは、世の中にないものをつくるということが、単純に面白そうだと感じたからです。実は今、私は物理科学科に所属していますが、出身は理学部化学科です。大学に進学するとき、化学か物理かちょっと悩んだ時期がありました。物理も好きだったのですが、結局化学科に入学しました。大学3年生のときに有機超伝導体を知り、有機化合物でもそういうことができるんだと思ったらうれしくて、化学と物理が融合した分野に進みたいと思うようになりました。大学院に進むときも、初めは有機超伝導の研究分野を希望しましたが、最終的には、当時まだ実現していなかった有機磁石の研究分野を選びました。指導教授の先生は、「自分の目が黒いうちは有機化合物の磁石なんてできない」と言っていたそうなのですが、研究室に入って1週間くらい経ったとき、有機化合物の磁石ができたと言われました。新しいことが始まるとてもいい時期に大学院に入ったのは幸運でした。有機化合物がなぜ磁石になるのかを調べるために、いろいろな有機分子化合物を合成し、片っ端から結晶構造を解いて、結晶中でどのように分子が配列しているかを調べ、磁性を測定しました。ただ新しい物質をつくるだけではなく、新しい機能を持つことを物性測定で明らかにするところまでやりたいと思っています。