次代への羅針盤
無理だと思われることに挑戦してこそ有機化学だ
茶谷直人
ノーリアクションの連続
しかし、無理だと思われることを研究するのが私たちの研究室のスタイルです。結合を切れたら面白い、こんな反応ができたら面白いというテーマの研究ばかりしてきました。不活性な結合を活性化して、そこに新たな官能基を入れようということですから、実験をしてもほとんど成果は得られません。学生の実験ノートも「ノーリアクション(no reaction)」という記述ばかりが並ぶことになります。その間にときどき「コンプレックス・ミクスチュア(complex mixture)」という記述が入る。その繰り返しです。
こういう研究スタイルは、私が学生の頃に所属していた大阪大学の園田昇先生の研究室以来の伝統です。助手として赴任した村井研究室もそうでした。村井眞二先生は「新しいこと、独創性のある研究をしろ」と言い続けておられました。当時は、米化学会誌の「JACS」(Journal of the American Chemical Society)に論文を載せたいというのが最大のモチベーションでした。簡単に論文が掲載できるような雑誌は狙うなというのが研究室の不文律でした。無理だと思われることに挑戦するのが、私たちにとっては当たり前のことだったのです。すでに他の研究室、他の先生が手掛けているテーマはやらないという暗黙の了解がありました。
私の場合、「コバルトカルボニルを触媒とする酢酸エステル類とヒドロシランとCOの反応」というタイトルの最初の論文がJACSに採用されました。これは奇しくも今の言葉で言うと、炭素-酸素結合活性化を含んでおり、現在の研究と大きく関連しています。2本目の論文もJACSに掲載されました。運がよかったのでしょう。ただし、いろいろ勉強したり調べ物をしたり、それまでの知見を深く考察することが運を招くのだと思います。