伝説のテクノロジー
思いやりの心が伝わる紙の建築
行動する建築家 坂茂さん
建築家として何ができるのか
坂さんは行動する建築家として知られる。地震や洪水など大規模な災害が発生すると、即座に現地に行く。それも日本だけではない。アフリカやカンボジアにまで行って、被災者や難民用のシェルター、住宅などを設計してつくってきた。
そうした活動の中でしばしば用いるのが、紙の建築だ。たとえば1995年の阪神・淡路大震災のときには、建物の倒壊により多くの人命が失われたことに建築家としての責任を感じ、「建築家としていったい何ができるのか」と自問を繰り返した。そして神戸の長田区で焼失した鷹取教会に行き、住民が集まる施設としてのコミュニティホールを紙管で作った。
紙管は私たちの身の回りにもある。
トイレットペーパーやロール紙の芯に使われているのも紙管だ。長田区のコミュニティホールで使ったのは、長さ5メートル、直径33センチの紙管58本。ポリカーボネートの波板と紙管で構成した楕円形のホールは、内部に入ると天井のテント生地を透して柔らかな光が降り注ぎ、「まるで天に引き込まれるような気持ちになる」と多くの住民たちの感動を呼んだ。
またこのときは、長田区に暮らしていたベトナムからの難民たちのために紙管とテント生地による仮設住宅「紙のログハウス」も建設した。災害時には、一般の人以上にマイノリティは大変な思いをしていると考えているからだ。
一方、1994年アフリカのルワンダで起きた民族紛争により、200万人以上の難民が発生したときには、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に紙管とプラスチックシートを使ったシェルターを提案。文字通り東奔西走して各方面に働きかけ、紙管の現地生産実験なども行い、ついにUNHCRの公式なプロジェクトとして認められたのである。
坂さんはその後もトルコ、西インド、スリランカ、ハイチ、中国の四川、イタリアのラクイラなどの各地で仮設住宅や復興住宅を作ってきた。2011年2月の地震で被災したニュージーランドのクライストチャーチ大聖堂も、震災後1年となる来年2月には、紙管とポリカーボネートの屋根で構成した高さ24メートルの堂々たる姿を現す予定である。