伝説のテクノロジー
出雲大社「平成の大遷宮」で約120年ぶりに復活した「ちゃん塗り」の技術
赤外線分析で松やに成分を検出
実は前回の大遷宮の時には、この銅板には、手がつけられていないとみられていた。つまり、現存する銅板は、明治の遷宮の時に取り換えられたものなのではないか。とすると、すでに約120年が経過しており、もしその時塗装を施していたとしても、塗りがすっかり剥げ落ちてしまった可能性がある。
「目で見た限りでは塗装してあるようには見えなかったので、当初の設計は塗装を施さない前提で進めていました。しかし実際の銅板を何度も繰り返し見ているうちに、銅板と銅板が重なっていた部分には、何らかの塗装を施したような形跡がかすかにあることに気がつきました。そこで表面を赤外線で分析すると、松やにの成分が検出されたのです」(岡さん)
そこで岡さんたちはさらに詳細な分析をしたうえで、ちゃん塗りを自分たちで再現してみることにした。松やになどの材料を調達し、分析結果をもとに配合して、実際に塗ってみたのである。
ちょうどその頃、岡さんたちは、神社側から「延享造営傳」とは別の新たな文書を開示された。前回の遷宮に立ち会ったひとりの神職が、職人から聞いた話を書き残したメモだった。それを見て岡さんは胸が高鳴るのを抑えられなかった。なんとそのメモには、「古例」として、ちゃん塗りについての記述があり、使用する材料の配合まで詳細に記されていたのである。
「その配合は、私たちが試作してうまく塗れたものとほぼ一致していました。過去にちゃん塗りが施されていたことが確信できたので、私たちはそのことを神社側に伝えました」
だが、岡さんたちの報告に対し、神社側はすぐには納得しなかった。
「岡さんたちが作成した色塗りの完成予想図を見て、違和感を感じたからです。私たちは何十年もの間、薄い緑色の緑青が浮き出た銅板を見ていたのですが、岡さんたちが私たちに見せてくれたのはそれとは程遠い黒色をしていました。前回の大遷宮では、銅板を換えなかったので、ちゃん塗りもしていない。しかしその前の明治の大遷宮のときには、ちゃん塗りをしている。そうであるならば、本来の状態に戻すべきだという理屈は理解できたのですが、こちらにお参りに来られたお客様たちが、すっかり色の変わってしまったものをご覧になってどう思うか。私たちはそれを危惧して、悩んだのです」(平岡さん)
それに対して岡さんたちは、こう主張した。
「他の塗装技術に比べ、ちゃん塗りが銅の保護に特に優れているとまでは言えません。しかし、理にかなった方法ではあります。塗りが何十年ももつものではありませんが、年月とともに緑青とマッチするようになっていき、いずれは緑青に置き換わっていくでしょう」
もちろん最終的な決定は、神社側が下す。そして平岡さんたちは結局、ちゃん塗りを施す道を選んだ。今回使わなければ、ちゃん塗りという伝統的な技法がここで廃れてしまうかもしれない――。そんな危機感にも似た思いが、神社側を決断に導いたのである。