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伝説のテクノロジー

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ミシンが織りなす芸術性

横横振り刺繍 刺繍作家・大澤紀代美さん

本当は“キリジャン”?

 奈良時代から絹織物の産地として知られていた群馬県の桐生は、刺繍業も盛んであった。そして大正時代にそこから生まれたのが横振り刺繍である。針が上下左右に動くため、糸を重ねるようにして縫っていくことができ、起伏に富んだ立体的な刺繍ができるのが横振り刺繍の大きな特徴だ。

布を枠にはめる。

 その名が広く知られるようになったのは“スカジャン”がきっかけだったといわれる。戦後、横須賀に駐留した米軍の兵士が、背中に派手な刺繍を入れたジャケットを好んだことから生まれたスカジャンは、大澤さんによればもともと桐生が発祥の地だという。米軍兵士に頼まれた業者が製作を依頼したのが、桐生の刺繍工場だったからだ。「だから本当はスカジャンではなくキリジャンなんです」

 そう言って大澤さんは笑う。

 かつて桐生には周辺の地域も含めて100軒ほどの刺繍工場が立ち並び、1,000人を超す刺繍職人が日々、ミシンを踏んでいた。だが現在、横振り刺繍に携わる職人は50人ほど。コンピュータ刺繍が登場してからは、ワッペンなどの大量生産品はコンピュータ刺繍でつくられるようになったことが大きく影響している。

足踏み。

 横振り刺繍専用のミシンは、扱い方が極めて難しい。一般的なミシンのように、布を固定する押さえがないし、縫った布の送り機能もついていない。しかも、両足でペダルを踏んで針の動く速度を調節しながら、ミシンの台の下についたレバーを右足の膝で押して、針を横に動かすことにより左右に幅を出す。すべて勘で横に動く幅もコントロールしなければならない。そのうえで片手で刺繍枠を押さえ、もう片方の手で布を動かしながら、両足も複雑に動かし、細かい柄を立体的に縫い上げていくのだから、考えただけでも頭が混乱する。技術的にある程度のレベルになるには、相当な時間を要する。もちろん技術的に上達しても、デザイン力や色彩感覚、センスが秀でていなければ、高く評価されるものはつくれない。だからコンピュータ刺繍が登場すると、多くの刺繍工場・職人がそちらにシフトしていった。「いつまでも昔ながらの横振り刺繍をしていたら、食えなくなるぞ」大澤さんは当時、同業者からそう毒づかれたこともある。

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