伝説のテクノロジー
松煙墨製造
墨運堂
墨は生きている
松やにをたっぷりと含んだ赤松の木を2畳ほどの狭い部屋で燃やすと、壁や天井に煤がつく。それが松煙墨の原料となる。その煤と膠を丹念に練り込み、木型に入れて形を整え、じっくり時間をかけて乾燥させるというのが、墨の大まかな製造工程だ。
「ゆっくり練り込んでいると墨が乾燥して硬くなってしまい、割れやすくなるので、手早く、しかし丁寧に練り込む必要があります。煤と膠を練り合わせるというシンプルな製法だからこそ、職人の技が仕上がりを大きく左右します。墨は湿度の高いときは周りの水分を取り込み、湿度が低いときは逆に水分を吐き出します。そうやってゆっくりと、呼吸をするように水分を出し入れすることで、墨に含まれている膠が加水分解され、その量が徐々に減っていきます。小さな墨で3~5年、大きな墨で5~10年経つと粘りが少なくなり黒みも増し、墨の個性が顕著になり、働き盛りの墨になります。そして30~50年経つと『古墨』と呼ばれるようになります。それ以上に膠の量が減ったとき、墨としての寿命が終わります。ただ、湿度や温度の変化が激しいところではより短命に、少ないところでは長命になります。このような変化があるために、“墨は生きている”といわれることもあります」
墨運堂の影林清彦さんがいう。同社は1994年、工場の敷地内にくみひもや大和うるしなどの伝統工芸作家の工房を集めた「大和の匠 がんこ一徹長屋」をオープンしており、影林さんはその館長を務めている。
墨づくりは毎年10月から翌年の4月頃までに行われる。暑い季節だと膠が腐敗してしまうので、寒い時期にしかつくれないのである。工程は昔とほとんど変わっていないが、機械化できる工程は機械化するなど、生産の効率化は進めてきた。しかし煤と膠を練り合わせたものを丹念に練り込んで木型にはめる工程は、今も職人が手作業で行っている。墨運堂には現在、型入れ職人が3人いる。