伝説のテクノロジー
松煙墨製造
墨運堂
墨を徹底的に研究
「練り込んでいるときの手の感触で、仕上がり具合を確認します。集中力が必要な工程で、ちょっとでも余計なことを考えると不良品になってしまいます。当然個人差はありますが、10年やっても一人前になれない場合もあります」
そう語る西川さんは、かつて自らも職人として練りの工程などに携わっていたことがある。
伝統的な製法を大事にする一方で、墨運堂は墨の研究にも取り組んできた。先々代の社長の松井茂雄氏は1970年代から90年代にかけて「百選墨」を選定した。墨の色は黒だが、その中にもさまざまな色合いがあるとして、試作に試作を繰り返し、その中からよいと評価できるものを100種類選んだのである。
「試作といっても、販売できるくらいの量の墨をつくっていました。当時いた職人が『こんなに試験墨の多いところはない』と驚いていたくらいです。煤や膠の種類もいろいろ試し、配合の仕方も変え、しかも時間とともに色がどう変わるかも全部記録していました」
と影林さん。これを機に同社は墨そのものを徹底的に研究し始めた。その後、研究開発部門も設けて煤や膠などの素材の研究や製造技術の研究などにも取り組むようになったのだ。
しかしながら、実はその間に墨の需要は低下し続けてきた。毛筆で字を書くという習慣がどんどん廃れていったためだ。そのうえ松煙墨や油煙墨のように、硯を使って磨る必要のない液体墨(墨汁)の品質が向上していったため、松煙墨などの固形墨の需要はますます縮小してしまったのである。墨運堂自身、液体墨も製造しており、売上に占める割合は液体墨のほうが圧倒的に大きいのが実情だ。