次代への羅針盤
若手人材の育成こそ日本再興への道
新海征治
若い人を潰さないでほしい
今の若い研究者が置かれている状況を、私たちのときと比べるといい面も悪い面もあります。当然のことですが研究に使う機械や設備は、今のほうがはるかに優れています。インターネットで世界中の情報を簡単に取れるという面でも、今は恵まれています。その一方で今は任期付きの研究職が多くなり、つねに次の職場探しのことを考えねばならず、なかなか研究に集中できない人が多いことは、気の毒だと思います。
ただ、それでも日本の研究者は、途上国などの研究者に比べると恵まれた環境にいます。かつてある学生がタイに短期留学して帰ってきたとき、私にこう言いました。「タイでは設備も予算もない環境の中で学生たちが目を輝かせながら頑張っていました。それを見て私は恥ずかしくなりました」
若い人は、まず自分が恵まれた環境にいることを自覚してください。と同時に、もっと自分に自信を持ってください。歴史的に見ても日本人は苦境に強いし知恵もあります。努力すれば希望する大学に行けるし、安全・安心な環境でいくらでも学ぶことができます。にもかかわらず、自分に否定的な態度を取る若い人がなんと多いことか。努力すれば社会も認めるし、そこに必ず成功のストーリーがあるということを信じて、頑張ってください。
そしてこれは若い人にではなく、彼ら彼女らを育てる側の人々に言いたい。努力し頑張っている若い人を潰すようなことは絶対にしてはいけません。考え方、意見が違うという理由で抑え込もうとしないでほしい。むしろ自分と異なる意見を持つ人間をサポートするくらいの度量がないと、人は育ちません。人が育たなければ、日本の後退に歯止めをかけることは決してできないでしょう。
サイエンスの殻に閉じこもってはいけない。社会が何を求めているか、つねに視野に入れておくことがこれからは必要だ。
新海征治[しんかい・せいじ] 九州大学高等研究院特別主観教授 1944年、福岡県生まれ。九州大学工学部卒業。同大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。九州大学教授、九州先端科学技術研究所長、福岡市産学連携交流センター名誉センター長、崇城大学教授などを歴任。紫綬褒章、瑞宝中綬章などを受賞。2018年には文化功労者にも選ばれた。ナノテクノロジーの原点を築き、世界で初めての分子機械も開発した。これまでに発表した論文は1023報。論文の被引用数に基づいて算出されるh-indexは115に及ぶ。最近、体力維持のためにボウリング教室に通い始めた。
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